探偵という仕事をしていて、依頼者への報告として一番言いづらい言葉があります。
それは、
「本日は対象者に大きな動きは確認できませんでした。」
依頼者は、決して安くない費用を払って調査を依頼されています。
調査員も朝から夜まで現場にいます。
それでも「何もなかった」という結果の日があります。
電話口で一瞬、沈黙が流れることがあります。
「そうですか……。」
その声を聞くたびに、私も胸が苦しくなります。
でも、24年間この仕事を続けてきて、確信していることがあります。
「何もなかった一日」は、決して無駄ではありません。
むしろ、その一日が調査全体を成功へ導くことがあります。
空振りは「失敗」ではない
新人調査員の頃、私は空振りが嫌でした。
証拠を撮れなかった。
結果が出なかった。
依頼者に申し訳ない。
そう思っていました。
でも経験を積むにつれ、その考えは大きく変わりました。
調査には、
「証拠を撮る日」と
「対象者を知る日」
があります。
どちらも同じくらい重要です。
「動かなかった」という情報
例えば、
朝7時30分に出勤。
18時15分に帰宅。
途中の寄り道なし。
休日も家族と買い物。
こうした一日だったとします。
一見すると、なにも成果はありません。
でも私たちは違う見方をします。
平日の行動パターンが分かった。
帰宅時間が分かった。
休日の過ごし方が分かった。
車を使う曜日が分かった。
この情報があるからこそ、
次の調査日を絞り込めます。
一番もったいない調査
24年間で思うことがあります。
一番もったいないのは、
空振りではありません。
空振りから何も学ばないことです。
「今日は動かなかった。」
それだけで終わってしまえば、
確かに一日が無駄になります。
でも、
「なぜ動かなかったのか。」
「いつもと同じだったのか。」
「違うところはなかったか。」
そこまで分析すると、
空振りは情報になります。
調査は「点」ではなく「線」
依頼者は、
「今日どうだったか。」
を知りたい。
探偵は、
「一週間でどう動いたか。」
を見ています。
一日だけでは見えないものがあります。
月曜日は直帰。
火曜日も直帰。
水曜日だけ遠回り。
金曜日だけ帰宅が遅い。
この積み重ねが、
対象者の生活パターンになります。
だから調査は、
点ではなく線です。1つ1つの点を積み重ねることにより線が浮かび上がってくるのです。
「今日は調査しなくて良かったですね」
実際に、依頼者へこんなお話をすることがあります。
「今日の調査で大きな動きはありませんでした。
でも、この曜日は動かない可能性が高いことが分かりました。
次回は曜日を変えましょう。」
すると後日、
曜日を変えた調査で決定的な証拠が撮れることがあります。
もし最初の空振りがなければ、
その判断はできませんでした。
空振りの日ほど、調査員は忙しい
「今日は暇でしたか?」
たまに聞かれることがあります。
実は逆です。
動きがない日ほど、
私たちは細かく記録を取ります。
何時に電気が消えた。
何時に宅配便が来た。
何時に家族が帰宅した。
何時にカーテンが閉まった。
普段の生活を知ることで、
「いつもと違う日」
が見えてきます。
「撮れなかった日」の報告書
私は、
証拠が撮れた日の報告書だけではなく、
空振りの日の報告書も丁寧に作ります。
なぜなら、
依頼者は現場を見ていないからです。
「何もありませんでした。」
この一行だけでは、
一日が伝わりません。
だから私は、
「何を確認し、
何を観察し、
どんな行動だったのか。」
をできる限り詳しく残します。
それも調査だと思っています。
24年間で変わった考え方
若い頃は、
証拠が撮れた日が「成功」。
撮れなかった日が「失敗」。
そんなふうに考えていました。
でも今は違います。
成功とは、
依頼者が正しい判断をするために、必要な情報を集められたかどうか。
そう考えています。
だから空振りも、
立派な成果です。
一番印象に残っている依頼者
ある依頼者が、
調査終了後にこう言ってくださいました。
「最初は空振りの日が無駄だと思っていました。
でも最後に報告書を全部読んだら、
必要な一日だったことがよく分かりました。」
その言葉は、
今でも忘れられません。
調査は、
一日だけを見れば意味が分からないことがあります。
でも全部つながると、
一冊の物語になります。
編集後記
24年間。
調査が終わって、
「今日は何もありませんでした。」
と報告した日は数え切れません。
でも、
その報告を恥ずかしいと思ったことはありません。
現場では、
事実しかありません。
動いた。
動かなかった。
それだけです。
探偵は、
依頼者が望む結果を作る仕事ではありません。
依頼者が正しい判断をするための事実を積み重ねる仕事です。
その考えだけは、
24年間、一度も変わりませんでした。
次回予告
現場ノート#016「調査員は、対象者を嫌いにならない。」──24年間で学んだ“感情を持ち込まない”という仕事
浮気をしている対象者を見ていると、怒りや嫌悪感は湧かないのか。依頼者から何度も聞かれてきたこの質問に、24年間の経験をもとにお答えします。

執筆者
梅澤 賢樹(うめざわ まさき)
総合探偵社R.A.D 代表|探偵歴24年・年間1,500件超
埼玉県公安委員会 届出 第43230057号
24年間、現場の最前線に立ち続ける現役探偵。この連載は、個人が特定されないよう再構成した「現場の本物」の記録です。
